マンガの原作と映画のシナリオ

チスル

 マンガ原作について調べるため、アマゾンのマーケットプレイス経由で何冊か本を注文したのが届きはじめた。最初に読んだのは伊藤彩子の「まんが原作者インタビューズ―ヒットストーリーはこう創られる!」で、1999年に出た本だから今から15年前のインタビュー本だ。取材されているのは、矢島正雄、田島隆、木内一雅、城アキラ、水木杏子、城戸口静、寺島優、竹熊健太郎の名前が目次に載っているが、原作付きマンガの産みの親として、さいとうたかをのインタビューも載っている。(これは目次に名前を出しておくべきだと思うんだけど、さいとうたかをは「原作者」ではないので省いてしまったのかもしれない。)

 マンガ原作者と言っても略歴や原作についての考え方はまちまちで、原作の執筆スタイルもばらばら。たぶんこうした状況は、15年たった今もそんなに変わっていないと思う。

 次に到着したのは林律雄の「マンガ原作者への道―一発当てれば億万長者も夢じゃない!!」。1997年初版。著者はビッグコミックに現在も連載中の人気マンガ「総務部総務課山口六平太」の原作者で、この本が出た17年前にはもう「山口六平太」の連載が始まって10年以上たってたのだから結構すごい。「おやこ刑事(デカ)」の原作者でもあるのですね。「マンガ原作者への道」はその著者が自分の原作執筆作法を詳細に解説した本で、原稿用紙の使い方、原作が漫画になった場合にどう変わるのかなど、具体的な実例を通して紹介してくれているのは興味深い。サンプルとなる原作「小池さん」が、髙井研一郎の手でマンガになるとどうなるかがこの本のクライマックス。ただしマンガ原作の書き方は人それぞれなので、この書き方が必ず正しいというわけでもない。それは本の冒頭にも書いてあるとおり。

 僕は映画のシナリオについても入門書を何冊か読んだことがあるのだが、映画やドラマのシナリオというのは形式がかなり明確に決まっている。書くべきこと、書いてはいけないこと、力を入れるべき部分などがあって、脚本と演出の役割分担があるわけだ。例えば一般のシナリオ術だと、「絵にならないト書きは書いてはならない」という決まりがある。「主人公は悲しんだ」とか「怒りに燃えている」などと書いてはいけない。その悲しみや怒りを、具体的にどんな絵として表現するかが脚本家の腕の見せ所なのだ。でもマンガ原作はこうしたところまで踏み込んで行くこともある。それによって漫画家の想像力を喚起すればOKという考え方があるらしい。こうした違いはほんの一例に過ぎない。

 僕が映画シナリオやマンガ原作の本を読むのは、それが「どんな風に作られているか」という興味であって、自分自身が何らかのシナリオを書こうという気持ちはまったくない。僕は自分自身で「書くべき物語」を持たない人間なのだ。自分から新しい物語を発想することがないし、その必要もない。だからシナリオ入門書を何冊読んでも実作はゼロ。「こんな話をシナリオにしてよ」と言われれば何かしら書くことはできると思うけど、自分で苦労して試行錯誤しながら何かを生み出すわけではないから、まあ手先の器用さでそれらしく取り繕った底の浅いものを作るだけかもね。

 午後は映画2本。『チスル』は舞台劇のような濃密な世界を作り上げている作品で、『ジャッカス クソジジイのアメリカ横断チン道中』は逆にユルユルの作りのロードムービー。

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