「終わらないオウム」を読む

終わらないオウム 図書館から借りてきた「終わらないオウム」を読み終える。オウム真理教の元幹部で、現在はオウムの後継組織アレフからも脱会し、独自に「ひかりの輪」という団体を主催している上祐史浩。オウム事件真っ直中の1995年、教団本部前で多くのテレビカメラが見守る中、教団幹部の村井秀夫を刺殺した徐裕行。右翼団体一水会元代表の鈴木邦男。この3人の鼎談が本書の目玉だが、これは全体の3分の1ぐらいしかない。

 全体の構成は7つのパートに分かれている。第1章は鈴木邦男による自画自賛めいた本書成立の成り立ちについての解説。第2章・第3章が本書の目玉である、上祐史浩・徐裕行・鈴木邦男の鼎談。4章と5章が鈴木邦男と上祐史浩の対談。第6章に当たる終章が上祐史浩個人による総括と近況報告。最後に田原総一朗の解説が付いている。本の表紙には田原総一朗の名前が堂々と大きく印刷されているが、彼は鼎談には参加していないのだ。これはちょっと残念。正直言って鈴木邦男の鼎談の仕切りは生ぬるく、相手がしゃべりたいことをただしゃべらせて、それを承認しているだけなのだ。これが田原総一朗の司会なら、相手の喉笛に食らいつくような鋭い質問がいくつか出てきたような気もするのだが……。

 この本の中でスリリングなのは、やはり「殺人犯」である徐裕行の告白部分だろう。彼がなぜオウム真理教幹部の殺害という凶行に及んだのか。その動機や背後関係はどうだったのか。当時はテレビ取材班が大勢本部前に貼り付いていて、徐氏の不審な行動を多くのテレビクルーが目撃し、「こいつは何かやりそうだ」という予感を抱いてカメラで追いかけていた。だがその中の誰も、警察に不審者情報を伝えたりしていない。むしろテレビカメラの前で決定的な何かが起きることを期待していたのではないか……。このあたりの話はじつに面白い。

 似たような事件としては豊田商事の会長がテレビカメラの前で殺された事件があるのだが、あれはマンションに突然やって来た二人組の男が、ほんのわずかの間に部屋の窓を押し破って侵入してしまった。しかし村井幹部刺殺事件で、徐裕行は教団本部前を何時間もウロウロしていたのだ。(しかもひどく派手な格好で。)だからこの件について、テレビ取材班は「何も知らなかった」とは誰も言えない。彼らは知っていて、その存在を容認していたわけだ。

 衝撃的と言えば、事件直後に警察に現行犯逮捕され連行されていく徐氏の肩を中学生の少年がポンと叩いて、「がんばれよ」と言ったという話にも驚く。花道を歩く相撲取りやプロレスラーの肩を叩くような気軽さで、今まさに人ひとりを刺し殺した男の肩を叩いて「がんばれよ」と声援を送るという感覚の中に、当時のオウムを巡る何やら狂った世相が象徴されているのかもしれない。

 上祐史浩による事件の総括も読み応えがあるが、これはこの本の少し前に出た「オウム事件 17年目の告白」の焼き直しなのかもしれない。そのうち「オウム事件〜」も読んでみようと思うが、「終わらないオウム」で語られている内容も、かなり整理されていて読みやすかった。やはり上祐史浩という人は、かなり頭のいい人なのだろう。本書の中で全員が共通して言っているのは、オウム的なメンタリティは現代の日本にもあるということ。在特会のヘイトスピーチのような排他的な物言いも、その中にあるのは「陰謀論」や「独善性」や「排他性」であって、じつはオウムと似通っているという指摘にはなるほどと思わされる。テレビや雑誌などのマスコミも商売であり、「面白ければそれでいい」「売れるならそれで結構」と怪しげな情報を拡散している。多くの人々はその怪しさやウソに気付いているが、100人に1人がそれを真に受けた場合、日本全体では100万人が怪しげな情報を真実だと信じ込むことになるという指摘にも肯くしかない。


 映画瓦版に2013年分の映画評をすべて掲載し終えた。これで映画瓦版は今後更新されなくなります。新しい映画評は当面メルマガで発表。4月頃には無料メルマガの発行も復活させて(現在は休刊中になっているメルマガがある)、毎週1本ぐらいのペースでその週公開の映画を紹介していこうかなぁ、と思っています。

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