「神は妄想か?」読了

神は妄想か アリスター・マクグラスとジョアンナ・マクグラスの共著「神は妄想か?―無神論原理主義とドーキンスによる神の否定」を読み終えた。「読み終えた」といってもほとんど斜め読みなのだが、それでもドーキンスの「神は妄想である―宗教との決別」に対する一定の反論にはなっているような気がする。「ような気がする」と曖昧な物言いになるのは僕がこの本を斜め読みしかしていないこともあるし、僕がこの本に期待していたことがじつはあまり論じられていないからでもある。ドーキンスが「神は妄想である」と主張していることに対して、この本は真正面から反論しているわけではないのだ。

 「神は妄想だ!」に対する真正面からの反論は、「神は妄想ではない!」であるべきだろう。僕はこの本にそれを期待した。神学者であるマクグラスが「神は妄想だ。神などいない」というドーキンスに対して、どのように反論するのかを楽しみにしたわけだ。しかしこの本でマクグラスが行っているのは、言ってみればドーキンスの揚げ足取りだ。「神はいない」「神はいないと考えてもまったく差し支えない」「神はいないと考える方が合理的だ」「神はいないとすることで人間の社会はずっと良くなるはずだ」というドーキンスに対して、マクグラスは「神はいる」とは言わない。マクグラスは単に「ドーキンスの主張はこことここに不備がある」と言うだけなのだ。

 これって、「神は妄想である」に対する反論になっているのかな……。

 「神は妄想である」でのドーキンスの物言いに対しては、「なるほど確かにそうだな」と思える部分もあれば、「ずいぶんと強引な話だな」と思える部分もある。もちろん強引な話の中にも面白い物がたくさんあるのだが、それらが十分な合理性と説得力を持つものかどうかは疑わしくもある。マクグラスがそうした部分をピックアップして整理し、科学的な議論として正当性の有りや無しやという解説をしてくれるのは有り難い。「神は妄想である」を読んで「なるほど」と思った人は、バランスを取るために読んでおいてもいいかもしれない。


 朝はやたら早く目が覚めて、5時過ぎからパソコンでToDoの整理など。当面の作業をリマインダに入力しておくことにする。朝食後に早起きのツケが回って眠くなったので、少し横になって午前中から昼寝。

 昼前に起き出して車で石和まで行き、小作で昼食。やたら混んでいたが30分ほど待っていたら入れた。かぼちゃほうとうと馬もつ煮を食べる。美味しい。その後は温泉施設の薬石の湯 瑰泉へ。のんびりと汗を流しながら、長谷川町蔵の「21世紀アメリカの喜劇人」を読む。これはいい本だ。アメリカの最近のコメディ映画のトレンドがわかるし、映画ガイドとしても優れている。ただ索引がないのが致命的。人名索引と作品名の索引があれば完璧だったのになぁ。

「神は妄想か?」読了」への1件のコメント

  1. 突然のコメントを失礼いたします

    神は妄想かは神は妄想であるの
    真正面の反論にはなっていないという意見がありましたが、
    この疑問多分日本語のタイトルと原著のタイトルの違いからきているのだと思います。
    この本の原著のタイトルを直訳すると「ドーキンスの妄想か?」であり
    ここからわかるようにもともとこの本はドーキンス批判の書物だとわかります。
    しかし訳者は出版社との協議の結果
    「神は妄想か」にしたとあとがきに書いてあります。
    ここからこの本は神は妄想でないことを論じる本だと勘違いしてしまったのではないかと思います。
    拙い書き込み失礼いたしました。

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