「バンカー、そして神父」を読む

バンカー、そして神父 図書館で借りていた谷口幸紀神父の「バンカー、そして神父―放蕩息子の帰還」を読み終えた。著者は高校時代に神父を目指して上智大学に進むものの、紆余曲折があって一度はその道を断たれて外資系銀行の国際金融部門で活躍。しかし1980年代半ばに再度神父を目指すため銀行を退色し、これまた紆余曲折を経てなんと50歳過ぎで司祭(神父)になったという経歴の持ち主。今年は教皇の代替わりがあったのだが、その前後にTwitterで何度かツイートを見たり、ブログを見たりしていたので、その流れで本も読んでみようかな……と思った次第。

 僕とは世代がまったく違うし(著者は1939年生まれだから僕の両親と同世代だ)、読んでいても少しぴんと来ないところが多いわけだが、読み物としてはなかなか面白く、300ページ以上あるそれなりのボリュームだが、結局2〜3日で読んでしまった。著者自身が大きな回り道をしながら神父を目指す物語と、精神を病んだ妹とのエピソードが同時進行していく構成になっていて、この妹のエピソードがドラマチック。また著者が言う「マンモンの神」というのも、現代日本社会に対する的確な批判になっているようで面白かった。

 著者の体験を通したユダヤ人の世界支配に対する評価や、精神医療に対する批判などを読むと、ちょっとクセのある本ではある。ただこれは当事者であるがゆえに譲れないところなのだろう。聖書の記述に対する評価や解釈なども、僕とはやはりだいぶ違うしね。例えばタイトルにもなっている「放蕩息子」の例えについて、著者の解釈は僕とまるで違うものになっている。僕の思い描く「放蕩息子の帰還」はショーン・ペンの『インディアン・ランナー』なんだよな。あるいはギョーム・ドパルデューが主演した『ベルサイユの子』とか……。要するに放蕩生活から父の家に戻ってきた弟は、再び放蕩の生活に舞い戻ってしまうわけです。この辺の解釈は、自らを「放蕩息子」だと考える谷口神父には受け入れられないかもしれないけどね。

 朝からメルマガの編集作業。途中でPTAの仕事をちょっとやったりして、夕方には発行手続きを完了。メルマガは現在、映画瓦版の運営サポーターに購読してもらおうと思って発行しているのだが、発行部数もさほど伸びないし、来年からはホームページ版の映画瓦版を閉鎖(更新停止)して、新しい記事はメルマガに出そうと思っている。まあ例によって、しばらくは試行錯誤しそうだけどね。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中