「タイムっち」を読む

タイムっち 図書館に予約していた本が何冊か届いているという連絡が来たので、先日借りた「実録! あるこーる白書」を返却するついでに新しい本を借りてくる。今回借りたのは「マンガで読む日本キリスト教史 タイムっち」と、「韓国とキリスト教」の2冊。

 とりあえず「タイムっち」をカバンに放り込んで試写に出かけたのだが、試写室に到着する前にあらかた読んでしまった。タイトルには「マンガで読む日本キリスト教史」とあるが、これはより正確に言うなら「マンガで読む日本キリスト教の黒歴史」だ。明治時代にキリスト教が解禁され、本格的な日本社会への布教活動が始まった時代に、日本では天皇制教育も同じようにスタートした。天皇を「現人神」として崇拝する方向に傾いていく日本社会に対して、キリスト教はそれを偶像崇拝として拒み抗っただろうか? じつはキリスト教は、日本社会と歩調を合わせて天皇の神格化を後押ししたのだ。

 キリスト教と言えば「君が代反対」「日の丸反対」「天皇制反対」だと思っている人は多いと思うのだが、こうした国家的シンボルに対する反対論は、キリスト教が戦前戦中に行っていた翼賛的姿勢に対する反省と反発から生まれたものなのだ。戦前のキリスト教はむしろ天皇制にベタベタだった。日本社会の中でキリスト教徒が他の日本人と同じ「愛国者」であり「国体論者」であることを示すために、好むと好まざるとに関わらずそうした姿勢を見せねばならなかった面もあるだろう。最初の動機はどうであれ、そうした愛国的キリスト教をしばらく続けているうちに、日本のキリスト教会は筋金入りの愛国者集団になってしまった。この本を読むと映画『少年H』に出てきたような戦時中のキリスト教徒が、いかに嘘くさいものなのかがわかるはずだ。

 まあ戦時中のキリスト教徒も地域差や世代間の認識の差がありそうだから、「少年H」のようなクリスチャン家庭が絶対になかったとも言えないんだけどね。これはどちらに人間としてのリアリティを感じるかという問題であって、僕は「タイムっち」に出てくる情けないぐらいに体制に迎合するキリスト教会の方が本物っぽく感じられるのだ。

 「タイムっち」の中では、明治から昭和に至る「天皇制教育」が、じつは欧米から輸入されたキリスト教の模倣であったという仮説が立てられている。戦前の国家神道がキリスト教を参考にした新宗教であったことはある種の定説になっているが、君が代・日の丸・ご真影・教育勅語などがセットになった天皇制教育もまた、キリスト教の礼拝をまねたものになっているという指摘は面白いと思う。

 明治に作られた天皇制の歴史と、それをキリスト教がどのように受容してきたのかという歩みという点では面白い本。しかしそれが現在の天皇制、日本国憲法に定められている国民国家統合の象徴としての天皇に対する批判に結びついていくあたりはよくわからない。現行憲法では天皇賛美はそのまま国民主権の賛美だからね。このあたりはまあ、日本国憲法のずるいところではある。そもそも日本人の天皇賛美が本当のところは天皇元首待望論みたいなものであることは、先日の山本太郎の手紙騒ぎで露呈されてしまっているわけだしね。

 まあでもなかなかの力作。本当はもっと早く読みたかったんだけど、この本は高くてちょっと手を出しにくかった。この値段の半分ならよかったんだけどねぇ。

 今日の試写は1本目が『グォさんの仮装大賞』。これはよかった。中国奥地の養老院から「仮装大賞」に出演するため脱走した老人たちの物語。この仮装大賞が日本の人気番組「欽ちゃんの仮装大賞」の中国版なのにびっくり。そうか、この番組は中国でも知られてるのね……。

 2本目の映画は『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』。魔法の国と人間の世界がつながって、魔法の国の少女ヨヨが混乱を解決しようと命がけの大活躍をするファンタジー映画。ヨヨとネネは姉妹なのだが、妹ネネがちょっと影が薄いのが残念かな。

 今日は午後に少し小雨がパラパラ。このぐらいの雨だと、傘をさすべきかささざるべきかで悩むんだよな。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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