1%から何ができるか

a1180_001465 知り合いにクリスチャンの女子高生がいるのだが、それが「教会には同世代の人がいなくてさあ」とぼやいている。進学しようとしている大学がキリスト教系なので、「大学で同世代のクリスチャンと友達になれるかな〜」などと言っているのだが、そもそもこの高校生は今いる学校で周囲のごく限られた人にしか自分がクリスチャンだと知らせていないらしい。それじゃあいつまでたっても、クリスチャンの友達なんてできないんじゃないの? 日本の人口の1%ぐらいはクリスチャンだそうだから、今いる学校にだってあと1人か2人ぐらいはクリスチャンがいたっておかしくないんだよ。

 「これからの日本で若いクリスチャンは何ができるのか?」なんて話をしだしたから、僕は「その前にまず自分はクリスチャンだと名乗りを上げろよ」と言った。学校でいきなりカミングアウトする必要もないけど(「みんな今まで黙ってたけど、わたし本当はクリスチャンなの!!」みたいな話)、まずはSNSのプロフィール欄に「クリスチャン」と書いてみればいい。なぜその程度のこともしないのかなぁ。あるいは今後、新しい学校に行ったり、サークルに参加したり、アルバイトに出かけたりして自己紹介を求められたら、そこで出身地や趣味や血液型と同レベルの話題として「クリスチャンです」と言ってみるとかね。

 クリスチャンだからあれしろこれしろとは言わないけど、とりあえず名乗りを上げておくのが大事なんじゃないかなぁ。でないと日本にたった1%しかいないクリスチャンは、埋もれちゃって世間からまったく見えない存在になっちゃうよ。それでいて「教会に若者がいない」とか「人が減っちゃって大変だ」とか言ってるのは虫がいいでしょう。クリスチャン自身がクリスチャンであることを隠して生活しているような状態で(ひょっとしてそれを恥じているわけ?)、なぜ新しいクリスチャンが増えるんだよ。クリスチャンが見えないということは、教会が見えないってことでしょ。教会が見えないのに、なぜそこに新しい人が来ると思えるの。そんな都合のいいことが起きるわけないじゃん!

 ともし火をともして、それを器で覆い隠したり、寝台の下に置いたりする人はいない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。(ルカによる福音書 8:16)

 日本のクリスチャンの多くが、信仰のともし火をともして、それを器で覆い隠したり、寝台の下に置いたりして見えなくしている。それを見えるところに移動させるだけでも、世の中はずいぶんと違ったものになるような気がするんだけどなぁ……。

 まあ僕は信仰のないノンクリだから、外野から好き勝手なことが言えるのかもしれないけどね。不快に思った人がいたらゴメンナサイ。でもこのままだと日本のキリスト教はどんどん衰退してしまうよ。僕はキリスト教オタクなので、ちょっとそれも寂しいかなぁと思ってます。

 で、この日は日曜日に発行するメルマガの記事を書いてました。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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